2009年2月10日火曜日

ゴミは人の意識の中でゴミ化する

ゴミの話を某所でしていたので、続き(?)。

トロントに初めて来たのは1988年ですが、当時、ゴミのリサイクルがなされていなかったんですよ。
これには驚きましたねー。
新聞紙でも缶でも何でもゴミ箱に捨てる。
新聞ってこちらは枚数も多いし(土曜日なんか優に150ページは超える)、それをごそっとゴミに捨てるわけですから、本当にびっくりしました。

1990年代に入って、新聞やら缶・ガラス・プラスチック瓶の収集が始まるわけですが、はじめは「紙」及び「その他」という風に分けていました。
それが最近は、リサイクルできるものがどんどん増えてきたはいいとして(スーパーの袋とか、発泡スチロールのトレイなんかもOK)、紙からすべて全部一緒くたにリサイクルごみ用大型容器に入れて出す(各家庭の道路の脇)わけですから、これをまた分別するのは大変な作業だな…とすごく心配。

最近、リサイクル資源の価格が激しく低下していて、それからの収入をあてにしている各市町村も大打撃だそうです。
そのニュースを伝える記事を見てたら、ゴミに埋もれて手作業で分別している人が写っていて、「あ~やっぱり手作業なんだ…」と思ったわけなんですが、これはまじでサテライトの作業ですよ(すいません、ここから先、5D'sの話が混じります・笑)。

日本の市町村では、どんどん分別が厳しくなる傾向があるんじゃないかと思いますが、ネオドミノシティでは分別収集してないんですかね?

トロントで分別をやらないのは、やろうとしても、移民が多くて徹底しないのが初めからわかってるからかなぁ、と勝手に思ってるんですが(ほら、言葉の問題とか、文化の相違とか)、ネオドミノシティも多国籍になっちゃったからやれないのかなー。

うちの旦那のきょうだいたちなんか、私がリサイクルにすべきものを洗浄していたりすると、「そんなもの一般ゴミに捨てればいいじゃん」と言います(苦笑)。

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